「おっ!ルキアっ!」
「む……?何だ、恋次か」
ルキアの姿を見つけて声を掛けた俺に、あいつはあからさまに落胆の表情を作りやがった。あんにゃろー。それがワザとだってのは解ってんだよ。
「『何だ』とは、何だ!」
「いや。朝からお前と顔を合わしてしまうとは……縁起が悪いなと思ってな」
小憎らしい事を言ってくれる幼馴染みに、それでも俺は嬉しくなって、表面上は何時もの仏頂面を作ってはいるものの、内心では朝からこいつに会えた事への喜びで、笑いが止まらなかったのは言うまでも無かった。











「へーへー。勝手に言ってろっ!」
ふんっとばかりにソッポを向いて見せた俺にルキアは、
「ははは。そう拗ねるな。
 ……しかし、久しぶりだな。恋次!」
と、最近、徐々に見せるようになってきた笑顔を俺へと向けてくれた。
やっぱり、こいつは笑ってる方がよく似合う。こいつに悲しい顔なんて、ちっとも似合わねぇ。
「……所で、調子は如何だよ?十三番隊って、どんな所なんだ?隊長が身体弱いって噂は聞いてるんだけどよ」
言葉を選びつつ、俺はルキアの近状を窺った。これは、次に続く質問への布石。慎重に行かねぇと、ほんとに訊きたい事は聞き出せねぇからな。
「ああ。その通りだ。浮竹隊長がよく寝込まれるので、海燕殿が仕事が溜まって大変だと、自分の事くらい自分でしやがれと、よく零されているよ」
「だけどよ、隊長が寝込んじまったらしょうがねぇんじゃねぇのかよ?」
「いや。それがな。病気を口実に、よくサボられる事もあるのでな。本当は調子がよくても、仕事をしたくないが為に寝込んでみたりと」
「へ〜え。やっぱり、仕事したくねえってのは、どこの隊長も一緒みたいだな」
「恋次の所もなのか?」
「ああ。五番隊ん時は、そうでも無かったんだけど、今んとこは……解るだろ?何となく」
「十一番隊は……ああ、成る程」
「で。あそこは副隊長もああだから、いつも他の気付いたもんがやってるか、それかもう、全く仕事をしねぇでほったらかしとくかだからな。そんなだから十一番隊だけは、書類提出しなくても、いつも多目に見てもらえてるし」
「何となく、想像がつくな」
「だろ?」









『ははは』と、明るい笑い声が木霊する。こうしてると、昔と変わらねぇルキアが目の前にいて。俺は昔に戻ったかのような錯覚を覚えてしまう。
お前が居て。あいつらが居て。共に皆、一緒に暮らしていた、あの頃。



「本当に、浮竹隊長も海燕殿も、とてもよくして下さるし、それに。清音殿や仙太郎殿だって、私を妹のように可愛がって下さるんだ」
そして、ルキアがとても嬉しそうに十三番隊の自慢話をしてくれた。
何だ。ルキア。お前は良い所へ入れたんだな。そこは、お前にとって、優しい所なんだな。
ただ、その副隊長さんの話をする時だけ、特に嬉しげな顔をするってのは気に喰わねぇけど、でもお前がそんな、昔のような表情
(かお)をしてられるんなら、俺は少しくらい目を瞑ってやるさ。
「良い所に入れたんだな。良かったじゃねぇか!」
「ああ。
 ……あそこは……本当に……実に、良い所だよ……」



何で、んな顔をすんだよ、ルキア?そこは良い所なんだろ?なら、何で!?
お前。今、自分がどんな表情
(かお)をして喋ってるか、解ってんのかよ!?
酷く、何かを悟ったような、人生の達観者の様な、そんな表情。
嬉しそうに喋っていた口元に、一筋の影が差す。
俺は、そんなルキアの口端に上った寂しげな微笑を凝視しながら、しかし次に発すべき己の問いに、少しばかり緊張していた。



――ルキア。なら、『今は』幸せなのか?と。
――漸く手に入れられた、念願の『家族』は……お前の『兄様』は、お前に優しくしてくれているのか?と……。



俺が一番訊きたかった質問。
俺が一番、あの時からずっと、気にして止まなかった事。
ルキア。ルキア。俺はいつだって、お前の幸せを願っているんだ。願わずにはいられないんだ。
だから。だから……。



――『今』、お前は幸せなのか……?









こんな質問如きに、何を緊張してるってんだよ。実に滑稽な話だ。
俺は心の中で昔のルキアを想い描くと、ぎゅっと握り拳に力を入れた。
そして。
「なら、ルキア」
俺の呼びかけに、例の大きな紫闇色した瞳が俺をじっと見つめて来た。それは、俺の大好きな紫闇色。
知ってるか?ルキア。
真っ赤に燃える夕日の次に訪れる色は、お前の瞳の色なんだって事を。
茜色に染まった空を、優しく包み込むその色。赤と紫闇はいつでも一緒なんだって事を。



次の俺の言葉でその瞳が、その表情が、どう変わるのか。
俺は覚悟を決めて、次の言葉を発した。






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