薄紫に染め抜かれた上には、白や紺の蝶と桔梗が点々と秘めやかな彩りを見せている。賑々しい華やかさではなく、ひっそりとした静かな美。紫を基調とした浴衣を纏うルキアを見つめながら、こいつにはやっぱり、紫が似合うなと恋次は一人考えていた。
「え〜と。なら、まずは何から見てくか?」
そこはかとなく、ガラにも無くどぎまぎしてしまった己を隠すべく、少し視線を泳がせながら、恋次はそうルキアへと問い掛けた。
「そうだな……」
だが、そんな恋次に気付いた風も無く、暫し思案を巡らすと、
「やはり、ここは定番コースで行くと言うのはどうだ?」
にっこりと笑ってルキアは応えた。


「……『定番』?」
「ああ。知らないのか、恋次?定番コースと言うのはだな。
まずは、焼きそばやいか焼きと言ったもので取り敢えずの腹ごしらえをした後、金魚掬いや射的や輪投げなどで遊び、そして最後は小腹が空いて来た所で、綿飴や林檎飴を食べながら、花火を見る!これに決まっているではないか!」
「いや、それって、お前基準だろ、ルキア。んな、祭りに定番も何もあるかよ」
「む。莫迦にするな、恋次!世間では言わずとも、私がそう思うのだから良いではないか!」
そう高らかに宣言してみせたルキアの応えに、『やっぱりお前定義かよ!』と恋次は心の中で突っ込みを入れながらも。
「へいへい。 なら……あの屋台辺りから、攻略してくってのはどうだ?」
「……!」
「今日は人混みが凄いからな。離れでもしたら大変だ」
などと、さも当然と言った風に早口で喋ると、恋次はルキアの小さな手を、さっと素早く握り、件の『焼きそば屋』へと向った。
後には少しまごついたルキアが、引き摺られるようにして付いて行く。
でも。
「……それも……そうだな!」
未だ照れた素振りを見せながらも、直ぐにルキアはぎゅっと、その自分よりも二回りも……下手をすれば三回りも大きそうな手を握り返した。そして、
「恋次!誘ったのはお前なのだから、当然!今日はお前の奢りだな?」
こちらも照れ隠しにか、早口で憎まれ口を叩くと、嬉しそうに手を引かれながら、二人揃って仲良く人混みの中へと入って行った。









「……恋次め……どさくさに紛れて、私の可愛いルキアと手を繋ぐとは……」
己が今まで身を隠していた巨木を、その細腕のどこにそのような力があるのか、メキメキと圧し折ってしまうと、白哉はまた木から木へと、ここぞとばかりに瞬歩を活用しながら周囲に見事気取られる事無く移動を開始した。
今では既に、人混みに紛れてしまい、遠目からは決してその姿をはっきりとは見る事など出来ないであろう筈の、『ルキア』の観察の為に。白哉は独りひっそりと、だが、心に渦巻く想いは粘っこく、ストーキングを続行したのであった。









その頃、そうとは自覚していなくとも、第三者の目からすれば、十二分にほのぼのラブラブカップルな空気を周囲に振り撒きつつ、二人は仲良く、一つずつ買った『焼きそば』と『たこ焼き』を突付き合っていた。
『二つずつ買ってしまうと、直ぐにお腹が一杯になってしまって、色々と楽しめなくなるから』そんなルキアの嬉し過ぎる提案に、恋次が断るはずなどなく。嬉々として恋次は一つの食べ物を、ルキアと仲良く食べていた。『己の取り分が少なくなる』だとか言うお決まりの文句を言い置く事はちゃんと忘れずに。内心では、『やったぜっ!!!!ルキアと仲良く半分こだんなんて、餓鬼ん時以来じゃねぇかよ!』等と、酷く健全的に喜んでいた。


そして暫くして。
「ははは!ルキア、お前。口に青のり付いてるぞ」
じっとルキアの顔を見ていた恋次が不意に笑い出した。
「む?ど、どこだ、恋次?どこに付いているのだ!?」
「いや、そこじゃなくて、もっと左だよ」
言われ、慌てるルキアに恋次はわざわざ丁寧にも、ルキアから見て左側だと教えてやった。
「左……?こ、ここか……?」
ルキアもやっぱり女の子である。口に青のりが付いていると言われれば、それなりに恥しいものであって、必死になって恋次が言う通りの場所を探そうとする。だが、如何せん、そんな恋次の折角の意が汲めていないのか、左右逆にして探そうとする。
なので、
「だ〜か〜ら〜!お前から見て右≠セよ!ったく、俺が折角気を利かせて、ちゃんと左右を言ってやってんのによ!」
と、恋次がそれを指摘してやると、成る程と一つ頷いたルキアが、今度は言われた通りの箇所を指で触ろうとした。しかし、そんなルキアを見ていた恋次が、突如にやりと、何事か一計を考え付いたかのように笑って見せた。そして、
「しゃーねーな!……俺が取ってやるよ!」
さも仕方無く。やれやれと言った風な態度を取ると、恋次はグイッとルキアの左口端を指で拭った。


「!れ、恋次……!!」
それにルキアが驚きの声を上げる。
「へへ。これで漸く、綺麗になったな」
対して恋次は、にやりと笑ってそう応えると、何事も無かったかの如く、平静な態度を装うと、その指をぺろりと舐めた。
「さ〜てと!お次はどうする?」
「……れ、恋次……。お前と言う奴は……」
常と変わらぬ態度で己へと尋ねて来る恋次に、ルキアはどう応えてみたものかと暫し回答に窮してしまったが、
「ん?何だよ。ルキア?」
「……何でも、無い……」
独り、このような事で戸惑っていると言うのも何だか莫迦らしく思えてしまい、一つ溜息を吐くと、プイッと――それでも少しの照れは残したまま――そっぽを向いた。
「ならば、次へ行くぞ!!」
そして、今度は自分から、恋次の浴衣の袖を引っ張って歩き出した。恋次の手では無く、その袖を。
恋次はそんなルキアの態度に小さく苦笑すると、
「へいへいっと。どこへでも、お供しますよ、お嬢様」
ともすれば緩みっぱなしになってしまう己の頬を叱咤しながら、ルキアの後へと続いた。




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