周囲の露店を、実に仲睦まじげに笑いながら、見て回るルキアと恋次。
そして……。その後ろを、付かず離れずねっちりとストーキングする、朽木家第二十八代目当主、白哉。
恋次がルキアの手を引けば、傍らの大木が地響きを立てる事無く静かに倒れ、恋次がルキアの額を軽く小突けば、直ぐ傍の平地に直径数mの窪みが音も無く出現し、恋次がルキアと仲良く一つの物を突付き合えば、瞬間、周囲が氷点下の極地に見舞われた。流石にこれには周囲の者も、ピリピリとした異様な空気に辺りを見回したのだが、そこはやはり腐っても朽木家第二十八代目当主と言うべきか。そ知らぬ顔を貫くと、変わらず二人の観察を続けたのであったが。
だが、


「……あやつ!……恋次め……っ!!!!!」


ちょうど目撃したのが、最悪にも例のバカップル全開場面であった。
恋次がルキアの口端に指を擦り付け、あろう事か、その指を舐めて見せる。
ルキアは瞬時に真っ赤になり、傍目にも戸惑いを隠せないのが解る。だが、恋次はそんなルキアを嬉しそうに見遣るばかり……。
「……私の可愛いルキアに何と言う狼藉を……!!!!!」
ぴしぴしと、周囲の空気が凍り付き、背筋を這い登って行く何とも言えないおどろおどろしい殺気が周囲に立ち上って行く。
「たかだか恋次の分際で……余程、その命が惜しくは無いと見える……」
ふ、ふふふ。と、凡そ普段の白哉らしからぬ地獄の底を這うかのような、不気味な笑いをその秀麗な顔に浮かべると、
「このまま事が上手く運ぶと思うでないぞ……!」
次の目的である、金魚掬いの店を探して歩く二人の後姿をじっと見つめ、己もその後に続いた。今度は、気配こそは隠しているが、その姿を隠す事は無く、ただ二人に気取られない距離は置いて、白哉自身も雑踏へとその身を投じた。









それは、随分と異様な光景であったと言えようか。
畏れ多くも朽木家第二十八代目当主様が、御自らこのような庶民の祭り等に参加しているのである。だが、上手い具合に気配は殺しているので、誰も白哉に擦れ違うまで気付かず、擦れ違ってから、『まさか、今のは……!?』とその牽星箝に気付き振り返っては、さっと視線を下へと向ける者が多かった。当たり前である。誰が好き好んで、お貴族様などとわざわざ事を起してまで関りを持とうとするであろうか。ましてや、牽星箝などと言うものを付ける程の家柄の、である。白哉がどこの誰かとまでは解らずとも、その頭の飾りが全てを物語っているので、振り返りはすれども、誰もが次の瞬間にはその存在を無視した。なので、少しのざわつきを起しはすれども、恙無く、白哉は二人の後を付ける事が出来たのであった。









金魚屋を見つけた二人が、仲良く水槽の傍に腰を下ろして金魚掬いを始めた。
まずは、恋次が張り切って水の中へと掬い網を勢い良く入れた。
「ははは、恋次!そのように力んでいていは、直ぐに網が破れてしまうではないか!」
「……うっせーな!」
案の定、見事に破れてしまったポイ(掬い網)を不機嫌そうに見る恋次。
そんな恋次を横目で見ながら、
「ふっふっふ!ならば、この私が手本を見せて進ぜよう!」
ルキアが得意げな顔をして、金魚掬いを始めた。
さっと素早く、出来るだけ水面と水平に、水圧の抵抗を避けて金魚を掬う。決して、深追いはせず、水面近くを泳いでいる金魚のみを狙って水を切るようにさっと。
「へ〜え!巧いもんだな〜」
ぽちゃんぽちゃんと、左手に持っている器へと、金魚が投げ入れられていくさまを見ながら、恋次が素直に感嘆の声を上げた。
「どうだ!巧いもんであろう!」
それに、ルキアが嬉しそうに器の中を覗き込んだ。
お目当てだった黒出目金も掬えて、満足そうなルキア。
「恋次、お前は乱暴に掬い過ぎなのだ」
「へいへい。どーせ、俺にはこう言った系統は合ってないですよ」
ニコニコと笑うルキアに、恋次は照れ隠しにかソッポを向くと、『早く掬っちまえよ』とぶっきらぼうに急かした。


そして、八匹目を取った辺りで、漸くルキアのポイが破れた。ルキアはその内の二匹づつを袋に入れてもらい、『別に要らねぇ』と言う恋次は無視して、記念だからと無理矢理持たすと、次の目的地へと向った。
「折角、私が掬った金魚なのだ。今日の記念に取って置け」
そう言われて、恋次が断れず筈も無く、渋々と言った態でルキアから金魚の入った袋を受け取ると、恋次は、
「なら、こいつの名前は『ルキア』って名付ける事にするかな」
赤い金魚を指差すと、にやりと笑ってそう言った。
「ならば、こいつは『恋次』だな!」
すると、負けじとルキアも、お目当てであった黒出目金を指差して言い返す。
「なっ!ルキアっ!よりによって、それはねぇだろ!」
「ふふん!別に良いではないか。お前の変眉と出目金。よく似ているぞ?」
あははと笑いながら憎まれ口を叩くルキアに、恋次はこのやろうとばかりに、その小さな頭を腕の中に抱き込むと、片手の拳でぐりぐりとルキアの頭を弄った。
痛い痛いと、止めろと、声を上げながらも、どこか楽しげなルキア。それは正に、恋人達の戯れにしか見えず、擦れ違う人々が、この微笑ましいカップルに暖かな視線を投げ掛けて行った。


そして、残り一匹は、何と言う名にしようかと相談し合いながら、二人は次の目的地である、射的屋へと向った。




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