「……ちゃんと、バレねえように出て来たか!?」
「あ、ああ」
「なら……行くぞ!!」
「……なぁ、恋次?お前はどうしてそんなにも……」
「話しは後だ!それよりも、さっさとここから離れるのが先決だ!!」
そう叫ぶと、訝しげに小首を可愛らしく傾げるルキアの手を力一杯握ると、恋次は猛ダッシュでその場を離れたのであった。
だが、しかし……



「……そうは問屋が卸はせぬぞ……」



その、小さくなって行く後姿を、そっとじっと粘っこく、いつまでもずっと物陰から見ている人影が一つ。
ポツリとそう呟くと、その人物は自慢の高貴な首巻を風に靡かせると、誰にも真似出来ない――いや、唯一恋次は可能か――シスコン魂に内蔵されたルキアセンサーを駆使すると、最早気配さえも追えなくなってしまったはずのルキアと恋次を……否。正確には、『ルキア』を瞬歩で追いだした。
通常の瞬歩よりは、少し遅めに。気配は勿論、完全に消して。霊圧さえもシャットアウトすると、その人影は完璧な尾行を開始したのであった。





山あり谷あり白哉あり





それはとあるある日の昼下がり。
ルキアは常と変わらず、仲良く恋次と弁当を食べていた。
否。常と変わらないのはルキアのみで、その日何故か恋次は始終緊張し続けていた。だが、そんな恋次の不自然過ぎる態度にも、ルキアは大して……まぁ、それなりには変だなと思いながらも、それ程気にした風も無く、いつも通りに暑い昼休みを送っていた。
「……相変わらず、暑いな」
「……ああ」
「死神になったら、季節感覚など無くなってしまうとばかり思っていたのに。不思議だな」
「……ああ」
「……恋次……?」
「……ああ」
一向に話し掛けても、先程から『ああ』としか返事を返さない恋次に、ルキアは少し考えると、
「…………お前の眉毛、今日は一段と変だな」
と言ってみた。
「……ああ」
それでも恋次の返事は変わらない。だから、更に。
「……その刺青も変だし。全て変の塊だな、お前は」
「……ああ」
「おまけに、図体ばかりが無駄にでかくなりよって、仕様の無い奴だよな、全く」
「……ああ…………て!おい、おま、ルキア!!今、何て言った!?」
だが、ここまで来れば、心在らずであった恋次の耳にも流石に障ったらしく、漸く反応らしい反応が返って来た。


「……何だ。ちゃんと聞こえているのか?」
それに呆れたようにルキアが返せば、
「んあ?」
きょとんとした顔で、恋次がルキアの方を見て来た。
「先程から、『ああ』しか言わぬから、私はてっきり、遂に顔や性格だけでなく、耳までもいかれてしまったのかと思ったよ」
「〜〜〜お前なーーっ!」
「……で?先程から心在らずだったようだが……如何したのだ?」
そう問い掛けながらも、ルキアは、『ついに、クラスの中で落ち零れになってしまったのか?』と茶々を入れるのも忘れなかった。
「んあ?ああ。その……何だ……」
しかし、ガラにも無く言い淀みながら顔を赤くする恋次。ルキアは、そんな恋次をじっと不思議そうに見つめてみた。するとその視線に、恋次は何故だか更に顔を赤くした。
そして。
「〜〜〜っ!だーーっ!!うじうじといつまで考えてても仕方無え!」
突然、隣で叫びだした恋次に、ルキアはびくっとしながらも、
「ど、ど、ど、如何したのだ!?恋次っ!?」
恐る恐る、そう様子を窺いながら、俯いてしまった恋次の顔を覗き込もうとした。だが、
「くおらっ!!ルキアっ!!!! 俺と付き合えっ!!!!!!!」
その手をがしっと掴むと、てんで告白で無い告白を、恋次は大声で叫んだのであった。



どこの世の中に、今から果し合いでもするかの如くな告白をする輩がいるであろうか。
だが、それがここにいるのだからしょうがない。
突如として手首を掴まれ、しかも大声で、『付き合え』と叫ばれたルキアはと言えば。何が起きたのか、てんで理解できていないのであろう。当然である。手首を掴まれたまま、きょとんとした顔で、暫くじっと恋次の顔を見ていた。その間、時間にしては恐らく一分程。だが、決死の覚悟で叫んだ恋次にとっては、それはあたかも一時程の時間にも思えて、じっと自分の顔を見つめて来るルキアの大きな瞳に、動く事も出来ず、暫く硬直していたのであった。









「……別に、良いが……どこへ行くと言うのだ?」
案の定と言うべきか。お約束と言うべきか。余りにもベタ過ぎる展開に、当の恋次は思わず地面に沈んでしまった。
だが、自業自得とも言えないその言い方である。しかも、相手は極度の鈍ちん娘な箱入りルキアであり、尚且つ。某お貴族様を兄に持つ身である。恐らくは、悪い虫の駆除と称して、変な教育を吹き込まれているやもしれない。
なので、余程のシチュエーションを用意し、解り易い言葉を並べて、口説き文句だって幅広い年代のものを用意してこなければ、ルキアは攻略出来ないのかもしれない。
きっと、どのようにストレートに言おうと、どのように気障に言おうと、どのように情熱的に言おうと、笑顔で、『ははは。可笑しな事を言う恋次だな〜!』と、『私も好きだぞ?』と、好き≠フ度合いが理解出来ていない回答を返して来るに決まっている。……或いは……逆に手間玉に取った返答で翻弄して来るやも知れぬと言うのも、中々に面白くて良かったりもするのだが。
だが。そこでへこたれないのが野良犬阿散井恋次である。
流魂街時代から今に至る、ん十年と言う、ルキア片想い歴は伊達ではない。
「……やっぱ、そう来たかよ!!」
速攻で気持ちを切り替えると、ぐっと身を再び擡げ、相変わらず手首は掴んだままに、
「そうだな! ……なら!明日する、夜祭に行かねぇか!?久しぶりによ!」
「……あ、ああ。別に、明日は一日中非番だから、良いが……?」
と、見事夜祭にかこつけて、デートの約束を取り決めたのであった。









そして、冒頭へと到る。
幾らルキアを態よく誘えたからと言って、次に控えている関門を突破しなければ、全ては無に帰され、意味が無くなってしまう。
そう、第二の関門。それは唯一にして最も難問。かのシスコンで有名な、ルキアの義兄――朽木白哉の存在。
これまでに幾度か恋次も邪魔をされて来た。だが、今日こそは、絶対!ルキアの可愛い浴衣姿を堪能しながら、デートを満喫するんだと強く心に秘めながら、恋次は朽木家を抜け出す算段を練ったのであった。



だが、敵はあの白哉である。そうは問屋が卸さないのが現実であり、二人は後ろから、完璧な尾行をされているのにも気付く事無く、夏祭りデートを始めたのであった。




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