「ねえ、アンナ? 早く僕の元へおいでよ。
そこに居れば、君が苦しむだけだよ?」



葉が、シャーマンファイトを辞退したその日の夜に、あたしの夢に出て来たハオ。
どうしてあんたがここに居るのよ、と問えば、実にさらりと、
「アンナに会いたかったから♪」
あの喰えない笑みを口端に乗せて、そう、あいつは応えてくれた。





夢に迷えば……






「君を、真に救う事が出来るのは、僕だけなのに、早く自分の気持ちに正直になりなよ、アンナ」
「ふんっ。 お生憎様! あたしはあんたの元にだけは、絶対に行かないわ! あたしが居るべ
 き場所は、ハオ。 あんたではなく、葉の傍よ!
 ――それに、あたしを真に救えるのも、あんたではなく、葉だけよ!!」
皆が恐れるハオを前にしても、少しも怯まずにその瞳を真っ直ぐに見据えて、アンナがきっぱ
りと言い切れば、
「……でも、葉はどうかな? あいつは……、君よりも友人(蓮)を選んだ。
 ――違うかい?」
それに対し、余裕の笑みを浮かべたハオが、核心を衝いた問いをアンナに返して来た。
アンナはぎゅっと、ワンピースの裾を握り締めながらも、毅然とした態度を保とうとするが、ハオ
の言葉に徐々にその顔が歪みを帯びて行く。
「僕は知ってるよ? 葉は、アンナと蓮とを天秤に掛けた時、君の苦しみよりも、蓮の命の重さ
 を選んだんだ。 そうだろ、アンナ?」
心の内を見透かすかのようなハオの瞳に、アンナの心が揺らぎを覚え、
「……うるさい、うるさい!! だって……!それは、そうでしょ!? 誰だって、命と他人の苦し
 みとを天秤に掛けた時、命を選ぶのは必然。 人ならば、尚更それは当たり前の事よ!」
思わずハオの瞳を振り切るかのようにして、声を荒げて応えるアンナ。
「『他人の苦しみ』、ねぇ……。 でも、葉は君の事を愛してるんじゃなかったっけ?」
「……っ」
「本当に愛しているのならば、それが人道に反する行為であれども、それでも、愛すべき者を
 選ぶんじゃないのかな?」
「……葉は! ――っ!」
苦しみに耐えるようにしてアンナが言の葉を紡ごうとした時、ハオがそっと、アンナの顔に両手
を添えて、じっとアンナの瞳を覗き込みながら、更に言葉を重ねた。


「『葉は』、何だい? 簡単な事じゃないか。 ――つまりは、葉は、愛しているはずの君よりも、
 仲間である蓮を選んだ。 そう言う事だろ?
 葉は……、――どうやら、アンナ。君が葉を想っている程には、アンナの事を想ってはいない
 らしいね」
その、決定的な言葉に、ついにアンナの腕がだらりと力を無くし、その瞳からも光が消え、
「……仕方無いのよ……葉は……、あいつは……。 蓮は……」
「? 何だい? アンナ?」
力なく呟くアンナに、先程とは打って変ったかのような優しい声と瞳で、ハオは問い掛ける。
「……蓮は、……あいつもまた、葉にとっての仲間であり、友達だから……。
 ずっと、鬼の子≠ニ蔑まれ続け、友達など居なかった葉に出来た友達で……。
 そして……。 命までもを掛け合って、ここまで共に歩んで来た、かけがえの無い……、仲間
 だから……。 だから……、だから・・・…。 ――仕方無いのよ……。 あいつが、ああ言った
 選択をしても。 ――それに、ハオ。あんたには最初から分かっていた事じゃないの?」
「まぁ、ね。 でも、それはアンナも同じ事だろ?」
「そう、ね……」
「でも……。 アンナはそれでいいのかい?」
アンナの顔に添えていた両手で優しくその頬を愛撫しながら、どこか悲しげな瞳でハオがそう
訊けば、
「今更何よ?」
疲れた瞳が逆にその真意を問い返す。
「いいんだよ? 苦しければ、僕の元へ来てくれても。 ……僕を、葉の変わりにしてくれたって
 別に、僕は一向に構わないさ」
「……ハオ……」
先程とは全然違うハオの態度に、アンナが驚いたような、戸惑いのような表情を浮かべた。
「ねぇ、アンナ? 覚えておいてよ。 僕は、何時だって本気だと言う事を。
 ――千余年もの時を超えて、やっと巡り会えた、僕の花嫁。 僕は決して、君を離しはしない」
「……? ハオ……? 何を言ってるの……?」
徐々に真剣味を帯びえて行くその力強い瞳の輝きと声音に、戸惑いを隠せないアンナが問い掛
けるが、どこか遠く、ここではない別の空間を見据えたまま、ハオは一人言い募る。
「麻倉によって引き離された僕らだけど、今度はそれを逆手にとって、――今度こそ、君を手に入
 れてみせる。
 だから……。 アンナ?覚えておいてよ。 僕だって君の事を、……いや。 僕の方こそずっと、
 この永きに渡る転生の中で、君だけを、アンナ。 君と言うその魂の輝きだけを、ずっと……」
そして、突然のようにして言葉は途切れ、それと同時にハオの姿が一瞬揺らいだかに見えた瞬
間。



――……
ンナ! ……アンナ!



どこからか、聞こえるはずの無い声が聞こえ、アンナの意識が覚醒されて行き、
そして――。



「アンナっ!!」



より鮮明に、その声がアンナの頭の中に響き渡った。
「……葉?」
薄っすらと、アンナが瞳を開ければ、眉間に皺を寄せ、何時に無く必死の形相でいる葉の顔が目
に留まった。
「大丈夫か、アンナ!? 幾ら起こしても目を覚まさんし、何だかやけにうなされて、苦しそうだっ
 たから、おいら心配したんよ」
優しくアンナの頬に手を這わしながら喋る葉を、アンナは不思議そうな視線で見つめ返し、
「……どうして? どうして泣いてるの? 葉……?」
そっと、涙に濡れる葉の頬に手を当てた。
「……っ。 分からん。 けど、何でか。 お前が苦しそうにうなされてるのを見てたら、急においら
 も悲しくなって来たんよ。 何だかこのまま、アンナの目が覚めないで、夢の中から帰って来ん
 ような気がして……」
そう応える間にも、葉の瞳からは透明な涙が止めど無く流れ続け、その様を、アンナは愛しそう
に見つめやり、
「お馬鹿……。 何、言ってんのよ……」
思わず涙腺が緩みそうになってしまうのを、如何にかアンナは堪えながら、葉の顔を優しく愛撫
する。
「アンナ……。 アンナ……。 おいらは、シャーマンファイトを辞退してしまったけど、でも、それ
 でもお前は、おいらの傍から離れたりしないよな? おいらを置いて、何処へも行ったりしない
 よな? 何処へも……」
ぎゅっと、葉がアンナを抱き締めながらそう言い募れば、
「葉……。 それこそ愚問な事でしょう? あたしを一体、誰だと思ってるのよ?」
「アンナ……」
「――例え、シャーマンキングの妻になれなくとも、あたしは葉、あんたを導く為の勝利の女神。
 そして、葉、……あたしはあんたの。 …いえ、あんただけの妻よ!」
「……アンナ……」
何時もの調子を取り戻したアンナが、そう力強く、葉の腕の中できっぱりと言い切った。









そう、葉。あたしは、葉の事を愛してるわ。
これは決して、揺ぎ無い想い……。
だけど……。
あの一瞬に見せた、ハオの表情と感情は……。









「葉、あたしは変わらず、ずっと、葉の事を愛してるわ」
「お!? おう。 ……おいらも……」
「――アンナ。 おいらも、ずっと、アンナの事を……」



『愛してるかんな』と、そっと、あたしの耳元で呟く葉。
ほら、葉は何時だって、ちゃんと、本当に必用な時にあたしの欲しい言葉をくれる。
そして、あたしをその身で以って、優しく暖かく包み込んでくれる。



あたしは、葉の傍に居れば、それで幸せ。
葉さえ居れば、それ以上の事は望みなどしない。









だけど……。
――あいつは? あたしと似た瞳と、心の闇を持った、あいつ(ハオ)は……?
何処かで見たような、心の奥底に引っ掛かる、あの瞳……。
心が揺れる。
不動だったはずの気持ちが。





―――ねぇ、葉? あたしはずっと、あなたの傍に居てもいいですか……?









『ねぇ、アンナ? 覚えておくといいよ。
――真に君を救えるのは、葉では無く、この僕だと、
僕だけだと言う事を、ね……』



一陣の風が吹き荒ぶ。
心を乱して。
夢を乱して。




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