青空の向こうに ぼーっと、頭上に広がる高い空を見上げてみた。 何処までも続く地平線には果てが無くて。 ガタゴト揺れる列車の上に腰掛けて、ぼーっと抜けるような青空を眺めて見た。 「何をしているのだ、《女教皇》?」 「見て解んない? 空を見てるんだよ」 そんなあたしの行動に、《魔法使い》が訝しげな表情を投げ掛けてくる。 いったい、何がそんなに変なんだろう? あたしはただ、頭上に切れ目無く続いている、青い空を見てるだけじゃないか。 問い掛けて来た《魔法使い》の方を見やれば、彼はプカプカと中空に浮いたまま、列車の上で平然と立ってた。 物質の束縛を受けないあたし達は、速度に伴う風による抵抗だって関係無い。 かなりな速度で走っているこの列車の上でだって、こうして平気で会話してられるんだ。 「何さ?《魔法使い》? あたしの顔に、なんかついてるの?」 余りにも、彼がじっとあたしの顔を見つめて来るから、あたしは疑問に思い、逆に問い返してみた。 すると、《魔法使い》はぷいっとあたしから視線を外すと、今度は彼もあたしと同じようにして空を見上げ出した。 ……いったい、《魔法使い》は何がしたいんだろ? 「……この空は……どこまでも、青い、な……」 珍しく、《魔法使い》がどこか感慨深げにそんな事をいうから、あたしは思わず。 「……《魔法使い》!?」 どうしちゃったの!? 何て、驚いた顔して彼の顔をまじまじと見つめてしまった。 しかし彼は、そんなあたしの態度に一度、ふんっと鼻白むと、不意にこつんっと軽く、あたしの額を小突いた。 今では既にお馴染みとなってしまった、それ。 「《魔法使い》っ!! 急に何するのよ!?」 あたしはぐらりと傾いだ体勢を、慌てて元に戻すと、目の前の《魔法使い》へと食って掛かった。 けれど、相変わらず《魔法使い》はどこ吹く風。 そんなあたしの態度に、呆れたようにこちらを見やると。 「《女教皇》は、何を怒っているのだ?」 「だって、危ないじゃないか! こんな速度で動いてる列車の上で……」 と言い掛けて、あたしは急にはっとその事実に気付き、そっぽを向いて《魔法使い》の視線から逃れようとした。 「これは面白い事を言う、《女教皇》だなァ」 だけど、案の定そんなあたしの事を、《魔法使い》は面白そうに例の如くに揶揄すると、するっと今度はあたしのまん前に――互いの顔がくっつくかどうかという距離まで縮めると、またこつんっとあたしの額を小突いてきた。 「《魔法使い》ら精霊にとって、このような振動など、何も意味をなさぬだろうに」 「……ふんっだ。……ちょっと……忘れてたのよ!」 二度の不意打ちに、あたしは悔しいかな、まやもやバランスを崩してしまったけど、でも今度は大丈夫。 物質界の慣性の法則も、空気抵抗も、全て今のあたしには関係の無い事だってちゃんと認識出来てるから、目の前の《魔法使い》と同様に、宙にふわりと浮くと、あたしは照れ隠しの為に《魔法使い》に背を向けた。 「……だって、しょうがないじゃない! あたしには……記憶≠ェ無いんだから」 「だが、《女教皇》も、栄えあるタロットの精霊の一員であるならば……記憶≠ェ無くとも覚えている≠ヘずであろう」 瞬間、ふと真面目な空気が背後でしたけど、次にはそれもいつもの《魔法使い》が纏う空気へと変化し。 「これだから、《女教皇》はいつまで経っても、半人前の精霊なのだ」 「ふんっだ! どうせあたしは『半人前』ですよーだっ!」 くるりとあたしは《魔法使い》へと向き合うと、べーっと舌を突き出して見せた。 すると、優しくあたしを包み込むようにして微笑んでいる《魔法使い》の銀の双眸と遭遇し。 またもや慌ててあたしは、背を向ける羽目に陥ってしまった。 だって、《魔法使い》があんな顔して笑うから……。 思念体であるあたしの顔に、血が上るとか、涙が出るとかいうこと、本当は全然無いんだけど。 でも今のあたしは《魔法使い》が言うように、まだまだ半人前の精霊で、人間だった記憶が邪魔して人間と同じような態度をとってしまう。 だから、今だって……。 「……《女教皇》?」 静かな声音で《魔法使い》があたしの名を呼ぶ。 そして、あたしの両肩にそっと触れ、あたしの顔を肩越しに覗き込もうとする。 ――もうっ!あっちへ行ってよ! あたしの顔を……、今の≠たしの顔を、見ないでよ……! それは思念となって、直接、《魔法使い》へと伝わる。すると彼は無言のまま、あたしの身体を反転させると、ふわりと優しくそのマントの中へと包み込んでくれた。 深い深い、青色をした《魔法使い》のマント。 何でか知らないけど、ポロリとあたしの双眸から涙が零れた。 それは、あたしが人間であった頃の記憶の為せる技でしかないんだけど。 でも、だけど……否。――だからこそ。 ああ、今あたしは《魔法使い》と繋がってるんだなと。 遠く離れていた頃の――まだあたしが精霊として安定してなかった。自分の事を未だ人間≠セと思い込んでいた、過去の記憶に想いを馳せると。 確かな紐帯をその身に感じて、また一つ。 その眦から透明な雫が零れ落ちた。 なんて《魔法使い》の腕の中は、こんなにも温かいんだろう……。 あたしは《魔法使い》の青いマントに、一度頬を押し当てると、次にはグイッと涙の残滓を己の手で拭い去った。 これから待ち構えているフェーデに、あたしは果たして勝利する事が出来るんだろうか? 文華や《恋人たち》と共に、還って来る事が出来るんだろうか? 不安は漣のようにあたしの心を寄せては返しするけれど。 でも、あたしには信じられる。 この、《魔法使い》との確かなる紐帯がある限り、あたしは大丈夫なんだって。 先程とは違う眼差しで応えるあたしに、《魔法使い》は例の笑みをその口端に浮かべると。 「《女教皇》はまだまだ半人前ゆえ、《魔法使い》に任せておけばいいさ」 「あ、あたしだって! 前よりかはマシに力を使えるようになったんだから!」 何を≠ニは言わない。 《魔法使い》は何も言わないけど、あたしには解る。 目の前には、月の光りを凝縮して作られた宝石の如き双眸が、あたしを見てる。 その背後には、延々と果てし無く続く、緑の地平線。 《魔法使い》の金の髪が、陽光に煌き、美しい色を奏でているのが目に入った。 あたしはそっと息を吐くと、もう一度、頭上を振り仰いだ。 |
+戯言+ 以前に本館の日記で読まれた方はごめんなさい。 あっちで書いてた話を今回、少しばかりの加筆修正をしてアップしてみました! お気付きの方は多々おられると思いますが。はい。例の場面です。2人で『終着駅』まで行くまでの道中を、神凪的に捏造してみました。(てか、これを捏造と言っていいのかどうか……?/苦笑) 惜し気もなくラブラブップリを発揮して下る《魔法使い》も好きですが、鈍感故に解ってくれない相方に辟易しながらも、不器用に接する《魔法使い》もとても好きv(笑) カザフでの2人はもう、《女帝》と《皇帝》の万年新婚夫婦に負けず劣らずな、公認のバカップルでしたね!(シリアス路線まっしぐらな話なのにさ!/笑) |
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