彼岸花
それは、何時もの帰宅途中。
風に揺られて、一輪の花が、ゆらゆらと揺れる。
群生して咲く訳でも無く、何故か、一輪だけ、そこにポツリと咲いている、花。
「……何で、あれだけ、一輪だけで咲いているのかしら?」
「お? ほんとだな〜。何でだろ?」
ゆらゆらゆらゆら、それは儚げ無く咲いている。
「何だか、群れから外れた、迷子みたい……」
「アンナ?」
そっと、アンナがそれに近付き、軽く葉の無い茎に触れる。
「……まるで、あたしみたい」
「アンナ……。 何言って……?」
「群れから外れた一輪咲きの彼岸花。 お前の仲間は、何処へ行ってしまったの?」
そう言うと、寂しげな笑みを微かに口端に浮かべて、彼女はそれと戯れる。
その傍を、そよそよと、涼やかな風が通り過ぎ、深まる秋の訪れを知らせていた。
「それに、お前は葉を何処へ遣ってしまったの?」
元々細い、線状の葉しか持たないその花は、その葉さえ無くして、ひっそりと、立っている。
「群れからも外れて、おまけに、唯一の葉≠ワで無くしてしまって、お前はこれから如何するつもり?」
つんっと、軽くそれをアンナが弾けば、頭を重たげに後ろへとそり返す。
暫く、その様をじっと、黙って見ていた葉であったが、
「アンナ。 お前、一体、何言ってんのよ? ……何が、言いたいんよ?」
「……さぁ?」
「『さぁ?』って、なぁ〜。 う〜、でも。 おいらは、この彼岸花、綺麗だと思うぞ?」
そう言うと、彼はアンナの傍へと歩み寄り、
「だって、ほら。 こんなにも凛々しく咲いてるだろ?」
何度アンナがその頭を弾こうが、凛として、元の形を崩さずに咲き続けている彼岸花。
たった、一輪だけで、葉も無く咲いているにも関らず、己の誇りだけは捨てずにいるように。
「群れから外れたって、葉が無くたって、何処に居ても、自分を見失わない。
何時だって、どんな時だって、凛々しく咲き誇る。 まるで、アンナ、お前の様だな」
「……何、言ってんのよ……」
「だけど、こいつには、これが精一杯だけど、だけど、アンナはそうじゃないから。
こいつには、支える為の葉≠ェ無くても、お前には、ちゃんと。
……アンナを支える葉(おいら)≠ェ居るかんな!」
「……葉……」
「例え、お前が群れから外れたって、おいらが絶対、見つけてやるから。
絶対、独りぽっちになんて、しないかんな!」
「……お馬鹿」
そうポツリと呟くアンナを、彼はそっと背後から優しく包み込み、
「アンナは独りなんかじゃない。 だって、このおいらがずっとついてるからさ」
耳元で、優しく呟くと、
「でも、こいつ、如何しようか? 何だか、他人の様には思えなくなってきちまったし……」
何処か困ったような声で一輪咲きの彼岸花を見遣る。
「……そうね。 なら、家の玄関にでも生けるとしましょうか。昔から、彼岸花を家に飾るのは良くない事と言われているけど、
でも、あたし達なら大丈夫よね?」
「おぉ? ま、そ〜だな」
「なら、葉、少し離れなさい。 じゃないと、摘めないでしょう?」
「う〜ん。 でも、アンナ。 もうちょっと、こうしててもいいだろ?」
「!何言って……!」
ぎゅっと、背後から彼女を包み込む腕に力を入れて、
「おいらはもうちょっと、こうしていたいんよ〜」
何時ものゆるい調子でそう葉が言う。
「……お馬鹿。 でも、……後、少しだけよ」
照れたようにアンナがそれを許せば、
「うえっへっへっへ♪」
と、にやけた葉の笑い声が、背後から聞こえた。
二人の目の前では、一輪咲きの彼岸花が、吹く風にも負けずに、凛と咲き誇っている。
幾ら風が凪ごうが、それに屈する事無く、その存在を示しながら……。
・
・
・
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
おまけ。
「……所で、葉? 何時まで、そうしているつもり、なの……?(怒)」
「ん? 後もう少し……て、あ、アンナ!?」
「何時までも調子に乗ってるんじゃないわよ!!」
そう言うと、ドスッと言う軽快な音と共に、見事な肘鉄を喰らった葉が後ろへと倒れ込み、
それをアンナが冷ややかに見下ろしたのであった……。
・
・
・