「ねぇ、アヤメ? こっちを向いてよ。 ほら、そんなに怒らないで」
「ふんっ。 もう、葉王の言う事なんて、金輪際聞くもんか!」
「だから、もうしないから。 ね? そろそろ機嫌を直してよ」
「しつこいわね! あっちへ行ってよ!!」



照れた君が、真っ赤になって、そっぽを向く。



だけど、でもね?
僕は知ってるんだ。
口ではああ言ってるけど、でも、本当はそんなにも怒っていない事を。


怒ってるはずの、アヤメの横顔が。
ほらね?
よく見れば、実は照れ隠しなだけだって言う事を……。





『紡がれる想い 〜挿話:途切れた想い〜』





『ねぇ、アヤメ?』
『何?』
『はい♪』
『は? 何よ、これは……?』
『ん? 何って、僕の式神だよ』
『それくらい。見れば解るわよ! あたしが訊きたいのはそんな、見たままの意味ではなくて……!』

『あはは、解ってるって。
 う〜ん、全然、無用だとは思うんだけどね、だけどま。 念の為の保険と言う事で、アヤメに持ってて欲しいんだ』
『保険≠チて……。 ――ただの姫巫女なのよ?』
『うん? うん。 だから、かな〜』
『は?』
『だから、君の、余りの美貌振りに、変な虫が寄り付かない為の予防策としてさ♪』

『……はぁ。 ……まぁ、いいわ』
『おや〜? その、あからさまな溜息は何かな〜?』
『はいはい。
 ――でも、ま、ちょうどいいわね。
 なら……。 ――はい。 これ』
『え……!? これ≠チて! これは、君の……っ!』
『大丈夫よ。 あたしには、これ(五十鈴)さえあれば、十分事足りるし。
 ……それに、葉王。 これは、あんたが仕事をちゃんと、面倒臭がらずに遣り遂げさす為の呪い
(まじない)代わりよ』
『ま、呪いってアヤメ』
『ふふふ。 そうね、ちょっと待った。 今、念≠込めといてあげるわ』

『あ、アヤメ!?』
『……これで、葉王が仕事をサボる毎に、この数珠の一粒一粒から、呪いが飛び出すようになったわよ』
『うぅ。 アヤメ、それはないよ……』
『だって、そうでもしないと、葉王は直ぐにでも、こっちの方へと来たがるでしょ?
 駄目よ、いくら馬鹿らしくたって、ちゃんと己の責務くらい終えないと。 それに、皆は葉王に期待してるんだから……』
『そんなもの、僕にとっては、煩いだけでしかないね』
『ふふふ。 ま、偶にはいいじゃないの』

『……ま、いいか。
 ――なら、僕はこれを、今日一日アヤメだと思って大切にさせて頂きますかね』
『……ならあたしは、この前鬼・後鬼を葉王だと思って、扱き使わして頂こうかしらね』
『あ、ははは。 アヤメ、それは……』
『くすくす。 冗談よ、冗談。 ふふ、何て顔してるのよ、葉王……』
『アヤメ……?』
『――そうね、……それを=Aあたしだと思って、大切にするのよ、葉王……』



――そう、大切に、ね……?









あの時、アヤメは珍しく、よく笑っていたんだ。
あの、滅多矢鱈に笑う事など、殆ど無かったアヤメが……。
僕はその事に、軽く疑問を抱きながらも、だけど、でも。
最後にアヤメが見せた、それこそ数年に一回、あるかないかの飛び切り上等な、僕にしか見せてはくれない微笑に、不覚にも魅せられてしまい、思考は既に遠く彼方へと飛んで行ってしまっていた。



だから、今でも悔やんでも悔やみ切れない、あの瞬間。
あの、一時
(ひととき)――。
可能ならば、時の流れを手繰り寄せ、あの時≠ヨと引き戻してしまいたい。



交換されたのは、二人の大切な持ち物。
僕はアヤメへ前鬼・後鬼を。
アヤメは僕へ数珠を。
アヤメのその行為が、いったい何を意味するのか何て、その頃の僕には考えもつかなくて。


愚かだった。
殺してやりたい程に、浅はかだった。









ねぇ、アヤメ?
あのね?
聞いて欲しい事があるんだ。



似た境遇にいるからなんかじゃなくて。
似た能力を持っているからなんかじゃなくて。


出会った瞬間、僕は君に惹かれて恋してた。
その、不屈の精神を宿した力強い眼差しに魂に。


何者にも屈しない、誇り高い矜持を頂く君だから。
何者にも媚びない、気高き孤高の君だから。



ねぇ、アヤメ?
君の、困ったように微笑む顔が好きなんだ。
君の、照れて怒った顔が好きなんだ。


怒鳴った声も、笑い声も、どれも皆、僕の大事な宝物。
君の事が本当に、どうしようもないくらい、大切で愛しくて、想いは尽きなくて。
この幸せな日々が、ずっと永久
(とわ)に続くと信じてたんだ。


僕が君をからかって。
そしてそれにアヤメが怒る。
笑って、怒って、照れて、微笑む、そんなアヤメが可愛くて愛しくて。
ずっと、この腕の中に閉じ込めておければと、何度願った事だろう。









だけど、でも。
もう遅い。
何もかもが全部、手遅れだ。


糸が切れて、バラバラになってしまった、アヤメの数珠。
その中に走る亀裂はまるで、アヤメそのものを象徴しているみたいで。


思わず込み上げて来た衝動に、僕は狂ったように笑い出した。
乾いた笑みは、心のままに。
狂気の渦が、僕を飲み込む。


全てを破壊し尽くしてやりたい。
全てを無へ帰してやりたい。









だって、もう、ここには……アヤメはいないのだから。
僕の元から、アヤメは消えてしまったのだから……。




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