話を聴き終わった俺が、初めに思った事。
それは、ただただ悔しかった。腹立たしかった。
可愛がってるようでいて、全然ルキアの事を解っちゃいねぇと思った。
そしてそれは、十三番隊の隊長も同じ事で。
何が、『男の誇り』だ、『男の意地』だ。
それはあんた達の勝手な言い分であって、ルキアには関係ねぇじゃねぇかよ!
それなら何だ!?なら、ルキアの……ルキアの言い分は。ルキアの気持ちは。ルキアの想いは……関係ねぇってのかよ!?
手前勝手の勝手な理屈で、あんた達は良い思いを……あんた達の言い分を借りれば、『意地を通せて、誇りを守れて』いいかもしんねぇけどな。
でも、その場に居合わせてしまった不幸なルキアの言い分は如何なんだよ!?想いは!?誰にも顧みられねぇってのかよ!?



――ふざけんじゃねぇぞ



「そして、海燕殿は死んで逝かれた……私の腕の中で……」
冷たい瞳が虚空を彷徨う。
それは、在りし日の想い出を探すが如く。
「……ルキア……」
「……その時から、私の時は止まってしまったのだよ。恋次……」
朽木家の養女になってからのルキアに、再び、生きる気力を与えたのがその海燕とか言う奴で。しかし、同じく、皮肉にもルキアに生きる気力を失わせたのもそいつだった。
……何でだよ……何で何だよ?ルキア……!?
「俺じゃ、駄目なのかよ……? ずっと、共に居た、俺じゃ……お前の支えには、ならねぇのかよ……!?」
「……恋次……」
ぎゅっと抱き締めた身体はとても小さくて、貴族のご令嬢と言うには、余りにも細過ぎた。
「……そいつは、間違ってる。 確かに……、『意地』だとか『誇り』だとか、大切だとは思う。だけど……なら。そいつの誇りや意地なんかのせいで、残された者は、いったいどうすればいい?そいつは、己の想うがままに、望むがままに死ねて良かっただろうが、後の者はどうするんだ?残された者の、想い≠ヘ……?」
「…………」
「死んじまったら、元も子もねぇじゃねぇかよ! 生きてるからからこそ出来る事だってあるだろ!?」
無性に腹が立ってきた。ルキアの心の支えになれなかった己に。ルキアを置いて、最悪な形で逝ってしまったそいつに。くだらない事を尊重して、その場に居ながらも止める事をしなかった、ルキアの隊長に。未だ無気力な瞳のままでいるルキアに。



――どうして俺じゃねぇんだよ!?



ルキアの泣き場所は……俺の腕の中じゃなかったの、か……?









涙が出て来た。
「……?恋次……?如何してお前が泣いているのだ……?」
それはルキアの頬へと伝わり、訝しんだルキアが顔を上げ、俺を見た。
お前のせいだよ、ルキア。お前が全然泣かないから。
「泣いてなんかいねぇよ! ……ちょっと、汗かいただけさ」
バレバレの嘘を吐く俺に、ルキアは無言のまま、俺を見上げて来る。
「……ならば……。 恋次。お前は死なないか……?」
「ああ。 俺は死なねぇ。ルキア。お前独りを残してなんざ、ぜってぇーにしねぇさ」
そう言った俺の頬に、そっと這わされた小さな手。
初めてルキアの瞳が揺らいだと思った。
僅かながらも、輝きを取り戻した紫闇色。
俺は、死ぬ為の誇りだとか意地だとかは知らねぇ。
流魂街時代に俺が培ったのは、生きて生きて、強かに図太く生き抜いて行く、強い意志だったから。
生きて生きて生きて生き抜いて。無様でもいい。格好悪くたって形振りなんて構わない。泥を啜ってだって生き抜いて行く、そんな誇り≠セったから。


「どんなに苦しくたって、明日は来る。 歯を食いしばってだって生き抜いて。 生き抜いたもんの勝ちなんだよ!世の中ってもんは!」
そうだ。だから、生きろ。ルキア。自分の命なんて、どうだっていいだなんて事は、思わないでくれ!
「俺は何があっても死なねぇ。 だから……だから。
 ――お前も、くだらねぇ事なんざ、考えるんじゃねぇ。ルキア!」
例え、お前の傍に居られずとも、生きてさえいれば、必ず何処かで会う事が出来る。だけど、それも死んでちゃ意味が無ぇ。
ルキアはそいつが死んでから、一層生きる事への執着心を無くした。だが、ここで俺が約束をすれば……?
だから、これは一つの賭け。
最早、俺の腕の中でも泣けなくなってしまったルキアに、俺が唯一出来る術。
「俺が死なないって言ってるんだからな、ルキア。お前も死ぬなよ。
 ――何があってもだ!」
それは強引に有無を言わさず。常と変わらない態度で取り付ける誓い
(やくそく)――。


「……ふふ。 相変わらずだな、恋次……」
更に灯った瞳の揺らめきに、俺はにやりと笑ってやる。
「へっ!それくらい、知ってただろ?」
そうだ、ルキア。昔のお前を取り戻せ!
「ああ。 そうであったな……」
口元に、微かな笑みを浮かべてルキアは応えた。
「そうだな……約束しよう。 恋次。お前が生きている限り……私も死なぬと」
「よし!なら、もう泣くな」
「?何を言うか。 私は泣いてなどいないぞ……?」
ば〜か。お前の心が泣いてんだよ。
不思議がるルキアを他所に、俺はもう一度、今度は優しくルキアを抱き締めた。
細い、細いルキアの身体。
ちょっと力を加えるだけで、容易く折れてしまいそうだ。
そして、ルキアの頭をくしゃりと掻き混ぜると、そっとその身体を離した。
いつまでも抱いていると、離す事が出来なくなってしまうから。
「さ〜てと。……俺はそろそろ、帰るとするかな」
「……そうか……」
「……ああ」
名残惜し気な空気が俺達を包み込む。
寂しげなルキアの顔に、俺は再び抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、そんな事をすればどつぼに嵌るだけだろうからとぐっと堪え、もう一度、今度は乱暴にルキアの髪を掻き混ぜてやった。


「わ……っ! や、止めろ!こらっ!!恋次……っ!?」
それに嫌がりながらも、でも、俺の自惚れなどでなければ、どこか嬉しそうに、抗議の声を上げていたルキアの表情が、突如として驚愕へと変わった。
その青褪めた表情に振り返る間も無く、鋭い、射るような視線が背中に突き刺さった。
「……朽木、白哉……」
それは、一瞬の刺すような視線。
だが、俺の周りの全ての時が止まるには十分な代物で、徐々に昔の頃を取り戻して来ていたルキアの表情が再び無表情へと変わって行った。
「兄様……!」
突然の事に為す術も無く、ただ、慌てて朽木白哉の後を追うルキアを呆然と見つめながら、俺は何故か不穏な空気を感じていた。
それはルキアになのか。俺になのかは判別出来なかったが……。









そして、その後間も無くして、俺は再び隊を異動する事になった。
十一番隊から――朽木白哉のいる、六番隊へと。
それは異例の事であり、誰もがその異動を不思議がった。
戦闘能力を買われていた筈の俺が、何故急に六番隊へなんか……?
それも、あの、お貴族様のだなんて……。
周りの皆が首を傾げている中、俺は独り、あの時投げ掛けられた、射るような視線を思い出していた。








不穏な空気が周囲を覆う。
誰も気づかぬ内に、じわじわと。
それは機会を窺い、今か今かと飛び出す時を待ち望んでいる。
贄を求めて。
じわりりじわりと……









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