『生まれたての恋をしよう!#1』






「は、は、は……ぶえっっっくしょいっっっ!!!!」



俺は阿呆だ。間抜けだ。莫迦だ。神様、ほんと、ごめんなさい。


「う、う〜ん……」


実に色っぽい朝のお目覚めの声が、隣で聞こえる。



――そりゃ、そうだろう



ずっと今まで、悶々と艶かしい記憶に半ば翻弄されながらも、昨晩の事を考え続けていた結果。裸の身体がそのせいで冷え切ってしまっていた事に、己の古典的な程に馬鹿でかい、且つお約束なくしゃみに気付かされてしまった俺。
そして、それは案の定、未だ夢の中の住人だった隣の『彼女』の目覚めをも誘ってしまい……。



もそもそと、酷く緩慢な動作で布団から起き上がる『彼女』。
自分の格好等には頓着せず、未だ眠い目を擦りながら、ボーッとした表情で、俺の方を見た。見た。見た。見た……て!!!!



「おい!おま、ルキアっっ!!!! 服ぐらい着ろ!!!!!」



思わず律儀にも、俺はバッと顔を背けざまに、目に付いたルキアの服を放った。
「……今更、何を……」
そんな俺の態度に、その顔を見ていなくとも解る程に、呆れた声音でルキアが小さく呟いた。



うっせーな!んなこた俺だってわかってらい!



でもな……それでも、照れちまうもんは照れちまうんだ!しょうがねぇだろうがこんちきしょーーっ!!!と、俺が心の中で独り毒づいていると、スッと立ち上がる気配がし、次にその気配が遠ざかって行くのが解った。
じっとその間、下を向いていた俺は、手元のシーツを意味無く弄びながらも、気配だけは敏感に拾い取っていた。
その為、何処へ行ったんだろう?と疑問に思うまでもなく、それから程無くして聞こえて来た水音に、俺は何とはなしにホッと一つ溜息を吐くと、未だ裸のままだった己に今更ながら改めて気付き、ノロノロと会社へ行く準備を始めたのだった。





◇◆◇◆◇




あの後。
何とはなしに無言のまま――だが、だからと言って気まずいと言う訳でも無く――ルキアが用意してくれた朝飯を、一緒に食うと、それぞれ会社へと向かった。
俺とルキアは同じ会社に所属しているとは言え、身分が違う。こっちは今回、新規プロジェクトの企画担当に抜擢されたとは言え、役職なんか勿論無い、新人に毛の生えたような入社漸く2年目の平社員。
しかし、相手は今時やり手の有能社長秘書。
ほんとだったら、顔を合す機会すら滅多に無い、ましてやこんな所で会って話して……一夜を過ごしてだなんて滅相も無い程の相手で。
だからこそ、俺は余計にやっぱり気になったから、家を出る前に一度。



「……お前……」



『何で俺と寝たんだよ?』何て誰が訊けるかよ。俺の莫迦。
紡いだ問い掛けは、中途半端に音を成さず、ポロリと空へと零れ落ちてしまった。
意味をなさない口の開きが妙に虚しく、俺は如何したものかと一人焦り、無理やり何事かを言おうとした。が、そんな俺をルキアはそっと人差し指で遮ると、



「別に。気にする事でも無いだろう?」



実に事も無げにそう告げると、ニヤリと小悪魔的な笑みをその顔に浮かべて見せやがった。
それは俺の全く知らない表情(かお)で。
何時の間に、こいつはこんな表情をするようになったんだろうとぼんやりと思い、そして、不覚にも思わず見惚れてしまった。
だけどルキアは、
「では、またな。恋次」
それだけ言うと、扉の外へと先に身を滑らせ、さっさと先に行ってしまった。
実に、あっさりとしたもんだ。ほんと、大したもんだよ……て……。



ちょっと待て。ちょっと待て。ちょーーーっと待てよおいーーっ!!!!!



俺は痛む頭を抱えながら、これから先どうすればいいんだと、なんでこんな時、女の方がさっぱりとしてるんだと、ルキアは何とも思わないのかと。こんなにも思い悩んでいるのは俺だけだったら、物凄く悲しくて、ショックじゃないかと。て言うか、普通、そんな風に思い悩むのは、男の俺の方じゃなくて、女のルキアの方じゃないのかと。それとも俺の認識が古過ぎるのかと。変なのかと。偏見思考なのかと。それはもう、周りの同僚が引くくらいに、その時の俺は悶々と様々な事を考え過ぎて、死人のような顔をしていたらしい。








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