幾つの廊下を曲がったかなんて、覚えていない。
気付けば、既に十三番隊の詰め所はもう目と鼻の先にあり、ここの角を曲がって、少し歩けばもう直ぐだった。
「……そう言えば、俺って、ルキアと会ったのは……何時以来だっけか……?」
軽く回想してみても、最近の記憶が出て来ねぇ。
「確かあれは……」
そうだ。ルキアが十三番隊に所属して間もない頃。俺があいつの入隊祝いをしてやって、それから暫くは、まだ廊下だとかで擦れ違う機会もあったんだが、俺が十一番隊に配属されてからは全然会って無かったんだったか。
「……て、俺のせいかよ……!」
俺が忙しくなったから。だから……詰まる所は、俺自身が自らの手で、ルキアと会う時間を減らしてたってのかよ……!
その間にあいつは十三番隊の副隊長に可愛がられるようになり。そして……黒い噂が立つようになった……。


俺はぐしゃりと己の髪を掻き毟ると、1つ深呼吸をした。
こんなくだらない回想をしてしまうのは、多分。久しぶりに、ルキアと会うせいかもしれない。
長い間のブランクが、俺をガラにも無く緊張させたんだろう。
俺とルキアの仲で、何をそんなにも緊張する必要なんかあんだ?俺は自分自身にそう言い聞かせると、再び一歩を踏み出した。









「……ルキア……っ!」
静かに、音も無く擦れ違った相手に、俺は慌ててその名を呼んで、呼び止めようとした。
俺が再び歩を踏み出した時、冷めた目を前に見据えて歩くルキアに出くわした。
その余りの瞳の冷たさに、俺は瞬間声を掛けそびれてしまった。その間にも、ルキアは無言でさっさと俺の横を通り過ぎて行く。
見えてないはずなんて無いだろうに、ルキアは俺を完全に無視すると、声も無く。ただ、前だけを見据えて背を向けた。


「……て、おいっ!!待てよ、ルキア……っ!!」
今度は実力行使も加えて。俺はグイッとあいつの肩を掴むと、こちらを向かせ、視線を合わせようとした。
「…………離せ」
昏い、昏い色をした紫闇色の瞳が、冷たく俺を見ている。
「十一番隊の貴様が、何故にこのような場所にいる」
感情の籠もらない、死んだような声音が、冷やかに俺の耳へと伝わって来る。
……これが……ルキアなの、か……!?
「……十三番隊に用があるのならば、この先の詰め所に行け……」
あの、いつも照れたように不器用に、はにかみながら。それでも楽しげに温かく、俺には笑ってくれていた、あの、ルキアなのか……!?
何かルキアが俺に言っているが、俺には何も聞こえない。
否――俺はこんなルキアなんて知らない。
聞きたくも無い。
「……おい、ルキア……。 お前、いったい、何があったんだ……!?
 何でお前、そんなにも……」



――死んだような目をしてるんだよ……!?



そう。久方ぶりに会ったルキアの瞳は、まるで死人のような目をしていた。
まるで生気を感じさせない。生きる≠ニ言う意志を、全く感じさせない、酷く冷めた瞳で。それは己の命等、全く顧みない。何時死んだって構わないと言う、生への執着心の無い者のみが持ち得る瞳だった。
何で、なんだよ……?如何して?何で……!?
「……いい加減。離せ。 用が無いのならば、早く行け。
 ……十一番隊とは、とても忙しい所なのだろう?」
一向に、俺の名を呼ぼうとしないルキア。俺は何時だって、どんな時だって、お前の名ばかり呼んでいると言うのに。
「……お前んとこの……副隊長さんの、話しは聞いた……。 ……災難、だったな……」
こんな事が言いたいんじゃねぇのに!全っ然、気の聞いた事が言えない口に、腹が立つ。
「……はっ……。 『災難』……か……」
以前のルキアだったら、こんな皮肉めいた笑みなんて浮かべやしねぇ。
「……お前も……色々と……大変だったんだろ……」
一向に変わらない瞳に、その表情。それはどこかの貴族様をとても想起させ、俺は自然とルキアの肩を掴む手に力が入って行くのを止める事が出来なかった。
「……ああ、そうだな……色々≠ニな……」
どこか遠くに視線を這わせながら、自嘲気味に笑うルキア。
「……何て言うのか……元気出せよ、ルキア!
 この遠征のおかげで、俺、暫くプチ休暇なんての貰ったからさ、だから、何かあったら俺に……」
「……もう、良い。……お前だって、聞いているのだろう?
 ――例の噂≠……」
「……ルキア……」


再び、自嘲気味に笑うルキア。俺はこんな風に笑うルキアなんて知らない。
いったい、俺が居ない間に……俺と会わない間に、何があったってんだよ……!?
「ならば、話しは早い。 とっとと己の詰め所へと戻れ。――阿散井恋次殿。
 貴殿が私などと共に居る所を見られれば、口さがない輩に、また五月蝿く言われるぞ」
「おまっ……! 何言ってんだよ!? だから、俺は……!!」
「……」
言い募ろうとした俺を、冷たい刃が貫いた。
凍える紫闇色の瞳が、雄弁に何か≠物語っていた。
『もう、遅いのだ』と。『手遅れなのだ』と。



『――昔の様には戻れないのだ』と……



「んな訳ねえだろ!? ……ルキアっ!!俺はあんなくだんねー噂なんて信じねぇからなっ!
 俺は、お前を信じる!昔がそうだったように、今もずっと。この先も、だ!!」
「……」
瞬間、ルキアの瞳が揺らぎ、何かを言いかけた。それは確かに、『恋次』と。俺の名に形作られた口唇に、俺は更に言い募る事を止めなかった。
「ルキア!お前が何、くだんねぇ事言おうともな! 俺はんな事は認めねぇ!!ぜってぇ認めてなんてやらねぇからな!
 ああ、そうさ!俺は諦めの悪い男だからな。 お前が嫌でも、俺は勝手にずっと、お前に付き纏ってやるさ!」
何が、『手遅れ』だよ!俺とルキアの仲が、んなつまんねぇ事なんかで、潰れるとでも言うのかよ!?
「……れ、んじ……っ」
「だから、だから……な?ルキア。 泣きたい時には思い切り、泣け。
 んな口さがない連中が、暇潰しに立ててる噂なんて、忘れろ。
 その副隊長さんは、きっと、立派に死んだんだろ?」
その瞳は、未だ乾いたままだったけど、俺は構わずルキアを力一杯、抱き締めていた。
もう、遠慮なんて知らねぇ。俺は俺の、したいようにするさ。


「……私、は……この手で、海燕殿を……っ!!」
泣く事を忘れてしまった人は、いったい何に祈ればいいのだろうか?
抵抗せずに、なされるままなルキアは、しかし、泣きたいのだろうに涙を見せず、ただ俺の腕の中で、訥々とその時の話をしだした。
それは、雨が冷たく降りしきる、昏い昏い日だったと。
その瞳は未だ、昔の輝きを取り戻してはいなかったけど、それでも俺は、ルキアの心の叫びを、確かに聴いていた。






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