「隊長!任務、完遂しましたよ!……て、またルキアにですか?」
「…………」
「〜〜たく……。任務中くらい、携帯から離れたらどうですか!」
「…………」
だが、そんな恋次の言葉も全く耳に入っていないのか、白哉はメールを打つのを止めようとはしなかった。
幾ら、多少は以前よりも使えるようになったとは言え、無類の機械音痴を誇る白哉である。メール打ちを片言ながらも会得しただけ、奇跡と言えよう。例えその指の動きが鈍足であったとしても……。





携帯音痴 ―其の弐―





「しっかし……恐るべきはシスコンパワーとでも言うんですかね〜?」
「……何か言ったか?恋次……?」
「い、いえ!!何も……!!」
執念の賜物か、妄執の奇跡か。白哉は携帯の使用を、ルキアへの――今では毎日の日課と課す程に――メールを打てるまでに進歩していた。内容は片言の文面であれ、流石は重度のシスコン。
「今日は、何てメールを送ったんですか?」
「うむ……」
そう言って、見せられた画面には、意味不明の切れ切れの文字が。
「……『今日は、綺麗だ 早く買えってこい』?? あいっ変わらず、訳解んねえ文ですね」
もう、毎度お馴染みとなってしまった白哉の文面。この、微妙な空白やあからさまな変換ミスであろうと思われる文字。
だが、
「何故だ?ルキアにはいつもちゃんと伝わっているが?」
そうなのである。これも日頃の会話の少なさの賜物であるのか、何故かルキアにはちゃんと解読出来るのであった。恋次はそこの所が、常々不思議で堪らない。

「……なんて送ったんですか?実際の所は?」
それでもやっぱり、さっぱりと理解出来ない恋次には、メールを打った張本人に内容を訊くしかない。白哉特別仕様の携帯を返しながら、恋次はそう尋ねた。
「それは……」
白哉が応え様とした時、彼の携帯が自己主張を初め、辺りに今時ではとても懐かしい、単音が鳴り響いた。そして、画面を見た白哉が微かに口角を上げる。それを見ただけで、ああ、ルキアから返事が返ってきたんだなと恋次は悟り、白哉の様子を伺った。
周囲の者がよく、『六番隊の隊長は、何を考えているのかさっぱり解らない』とぼやいているのを耳にするが、恋次はそれを聞く度に、そりゃ嘘だと。この人程、こんなにも解り易い人などいなじゃないか!?と心の中で突っ込みを入れていた。
こんなにも、ルキアからの返信一つで一喜一憂し、こんなにも、毎日如何にかしてルキアとのコミュニケーションを試みようかと悩んでいるシスコン上等!な人なのに。何で皆は解らねえんだ!?と、解らない方がどうかしてるんじゃねえのか!?と、逆に疑問を心の中で叫んでみては、哀しいくらいに白哉の行動や思考を理解出来てしまうまでになってしまった己に恋次は落ち込んでみたりもした。









「……帰るぞ」
「……は?た、隊長!?」
短く返答を返すと、白哉はすたすたと先に歩き出してしまった。
「ちょっ!!隊長!! 『帰るって』、後の処理はどうするんすかっ!?」
「そんなもの、私は知らぬ。 隠密部隊にでも任せておけば良いであろう」
「い、いや!それは駄目でしょう!!」
「ならば、恋次。後は任す。 私は先に帰る。
 ……ルキアが家で待っているからな」
それだけ言うと、白哉はあっと言う間に目の前から消え去ってしまった。
「……ルキアの為に、わざわざ瞬歩使うか……!?」
そんなにも義妹に会いたかったのか!?と、隊長としての責務をほっぽり出す程に――いや、そんな事は日常茶飯事の為、この際引き合いに出すには適してはいないが――自分の隊に、この後の指示も何も与えずに。わざわざ瞬歩を使うぐらいにまでも、そんなにも……!!
先に延ばした手も虚しく、後にはガックリと項垂れる恋次が独り、現場に残されたのであった。









「……ルキア。遅かったな」
「すみません!!兄様! これでも浮竹隊長のお見舞いから急いで帰宅したのですが……」
白哉からメールを受け取り、返信すると同時に家へと帰って来たのであろう、未だ息の荒いルキアに反し、瞬歩を使って先回りして帰宅した白哉は余裕の態でルキアを待ち構えていた。
「では、兄様。 私はお茶を淹れて来ますので」
「……ああ」
ルキアがその場を去ると、恋次にしか解らない程の微かな笑みをその口端に浮かべ、白哉は縁側に腰を下ろした。


そして、程なくして盆を持って戻って来たルキアがその隣にちょこんと腰を下ろし、二人は仲良く肩を並べて縁側に並んだ。
「ルキア……」
『土産だ』と、虚退治の途中で買って来た白玉餡蜜をルキアへと白哉は手渡すと、ルキアに注いでもらったお茶に、静かに口を付けた。
「……! 兄様!有難う御座います!!」
素直に全身で喜ぶルキアに、白哉は一言。
「……そうか……」
と呟いたのであった。


「綺麗ですね……兄様……」
二人仲良く腰掛けながら、ルキアが白哉へと言葉を掛ける。その目の前には、綺麗に咲いた桔梗が規則正しく並んでいた。
「そうだな……」
返す返事は素っ気無くとも、内心では色んな事を目まぐるしく考えている白哉。
『ああ、お前に似て、綺麗だな』だの、『お前は私の自慢の義妹だ!』だの、『今日は何をしてたんだ?お兄ちゃんはとっても気になって仕方が無いんだけどな〜』だの、『余り浮竹ばかりに構うな!そんなだと、お兄ちゃん、ぐれるぞ!』だの、『お兄ちゃんも今度入院してみようかな〜』だのと、それはもう、本当に色々と。言葉にならない言葉達が白哉の頭の中に浮んでは、しかし、その重い口が一向に開く事などは無く、ただ虚しく消え去ってしまい、白哉は独り心の中で泣いていたのであった。









「……でも兄様? 『買えって』という間違いは、如何かと思いますが……」
「ああ、あれは……送ってから気が付いたので、仕方なかった」
「それと……今度からもう少し、単語を増やすようにして下さいませんか?」
「……善処する……」
後ろで恋次が聞いていれば、もっと言うべき所はいっぱいあるだろう!?と激しく突っ込みを入れたくなっていただろう会話が、この後も暫くまったりと交されたのであった。
それは、どこか世間一般とはテンポも常識もずれた朽木家兄妹だからこその会話であったと言うべきか。とことん、珍妙な会話と、とても長い沈黙が、その後交互に縁側で展開されたとかされなかったとか。




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