今となっては、誰が発言元かは判じられないが、気付けば何時の間にやら尸魂界で流行っていた噂話。
しかし、噂話とはとかくそう言ったものであって。それは透明人間のように出所が不明であり、また、煙のようにして辺りへと急速に浸透して行く。
まぁ、内容によっては、その浸透速度に違いも生じるのであるが、今回ばかりは周囲の喰らい付きも早かったせいか、一気に尸魂界へと浸透して行った。
その浸透度の原因の一つに、主に女性を中心にして≠ニいうフレーズが関係したのも、大きな要因と言えようか。
そして、その噂≠ヘ、当然の如くとして、彼女≠フ耳にも入ったのであった……。





私の私の王子様





「……何だ〜?それは??」
「だから!! 王子様≠ネのだよ!」
「いや、『だから』とか言われても、解んねぇし」
授業終わりの放課後、いつもはそそくさと独り家路へとつくルキアであったが、今日は久々に出くわした恋次と共に、暫しの時を過ごしていた。


目の前には、こちらが何度説明しても、一向に理解の意を示さない幼馴染の顔。
どうして、こやつはこうも理解度が無いのかと、ルキアは表情も顕わに大きな溜息を一つ吐くと、
「……もういい、恋次。 取り敢えず、お前にはとんと似合わぬ話だと言う事が解っただけでも良しとするか」
やれやれといった具合に、落胆して見せた。
「いや、だから。 お前の説明がなってねーんだって!」
対する恋次は、憮然な顔で抗議を繰り返す。
「いきなり出会い頭にお前、『恋次、お前は王子様≠知っているか!?』から始まって、次にそっこー、『だが、お前にはふりる≠セのれーす≠セのといった服は似合わぬな』とか一人で勝手に納得しちまったら、解るもんも解らねーって!」
「……そうか?」
「〜〜〜『そうか?』ってな〜っ!!」


何故か、今度は盛大に溜息を、深く深く吐く恋次。
ルキアは訳が解らないといった面持ちで小首を傾げると、
「で。恋次。結局お前は王子様≠知っているのか?」
とことんマイペースに、当初の質問へと話を戻したのであった。





「……はぁ。ま、いいか。お前だもんな」
「?何を言っておるのだ??」
「いや、気にするな。
 ――で、何だっけか?……ああ、王子様=Aね。今確かお前ら女の間で流行ってんだっけか?」
「そうなのだよ。なんだ、恋次!お前も知っていたのか!!」
「……何気にルキア、俺をバカにしてはいないか?」
「?それは恋次、お前の気のせいだろう」


胡乱気にこちらを見てくる恋次を、ルキアはサラリと流すと、
「――で。 恋次、お前はどう思う? 王子様≠ニは、本当にいると思うか!?」
瞳を期待に輝かすと、心持ち上体を恋次の方へと傾けて、興奮した面持ちで問い掛けた。
「……あのな〜……」
しかし、対する恋次の反応は、呆れを通り越して、頭が痛いと言った風で、ルキアには訳が解らない。
なので、
「……恋次?」
と、疑問の声を上げてみた。
恋次は何かを言いたそうな素振りを見せたが、しかし数度首を横へと振る事によって、それを諦めの表情へと変えると、


「……お前は……王子様≠ノ会いたいのかよ?」


逆に訊き返してきた。
「う〜ぬぬぬ。 そうだな〜。 会いたいか?と聞かれれば、会いたいような気もしないではないが……だが、噂のように、変な服を着ていると思うと…………いや、面白そうだから、会いたい、かな?」
「何で、疑問形なんだよ」
「べ、別に良いではないか!」
苦笑を浮かべる恋次に、ルキアはぷいと横を向きながらも、
「……だが……王子様=Aか……」
どこか遠くを見やりながら、そうぽつりと、夢見るように呟いた。













いちよう、ルキアだって、そこはそれ。白馬の王子様≠夢想してみるだけの乙女心はある。
ここでこうして、恋次と王子様≠フ話をするまでに、その『理想像』とやらを夢想してみては、結果、何度も泣きそうになったりもした。
最初、王子様≠フ話を聞くともなく聞いたのは、例に漏れず、トイレの中でだった。
女子トイレと言えば、それは噂話の宝庫の代名詞。
そこで繰り広げられる噂話を、ルキアは横でぼーっと聞きながら、彼女達が出て行った後で、自分でも王子様≠フ服装とやらを、勝手に身近な男性に着せてみたりしていた。


その時に、ぱっとまず最初に浮んだのが、当然と言うべきか恋次であった。
そして、恋次に先程まで交わされていた通りの服装を着せてみて……見事に笑いの海へと撃沈し、暫く浮上出来なかったのは言うまでもない。
厳つい表情に、変な眉毛の刺青顔。しかも、なよなよなどとはどこからどう見てもしておらず、均整の取れた見事な肢体を持つ長身は、ちょうど良い具合な建康一筋!な肌の色合いをしている。その恋次が、ふりる≠ニやら言う、幾重にも縫い合わされた薄くヒラヒラで真っ白な服を着ていて……頭には黄金色の髪飾りを頂いている……。
しかも、極めつけには歯を白く輝かせて、爽やかに笑う恋次……。


『やぁ!僕の、マイスイートハニー!』


などと、歯の浮くような台詞を、あの苦虫を噛み潰したような顔ばかりしている恋次の口から言われた日には……想像するだにルキアは何度気分が悪くなったか解らない。
その間、誰一人としてトイレを利用しなかったのが幸いだったであろうか。


これではいけないと、慌てて浮上するべく、次に思い浮かべたのが、白哉であった。
きんと、冴え渡った刃を想起させるかの如く美貌を誇る白哉。線は細く、野性味溢れる恋次とは正反対と言った印象を受けるが、その実力は彼我の差を誇る程。
そんな白哉に先程恋次に着せてみたのと同じ服を、ルキアは着せてみる。
すると、意外に……多少の違和感は残るものの、先程までの衝撃ほど不自然さは無く、流石兄様だけあってか、こう言った服も似合われるのであるなと、何故かルキアは感心していた。
だが、それと同時に、王子様≠フ格好が似合わない恋次に、何故か少しの怒りを感じていた。
それは、理不尽な怒りと解っていても、自然と込み上げて来るものは仕方が無い。





どうして、恋次には似合わないのだと。
ならば、恋次は王子様≠ノはなれぬではないかと。





お姫様の窮地を救ってくれるという素敵な王子様=B
女の子には、誰しもそう言った人がいてくれて。
本当に、もう二進(にっち)も三進(さっち)も行かなくなって、完璧に身動きが取れなくて、何処にも行けなくなってしまった時。
悪い魔王にお城の中へと閉じ込められてしまった、そんな囚われの姫を、いつか救い出してくれるという王子様=c…。













「……どうして、恋次は似合わぬのだ」


気付けば、ボソリと口に出していた呟きを、恋次は耳聡く聞きつけると、
「んなの逆に俺が似合ったら、ぜってー、気色悪ィだろうが!」
くしゃりと、常の如くルキアの頭を一撫でした。
「それかルキア。 お前は俺に、そんな格好をして欲しいって言うのかよ?」
「それは私の方から丁重にお断りする!!」
即座に切り返して来るルキアに苦笑しながら、


「それにな。 んな訳の解んねぇ格好なんてしなくても。王子様≠チてのになれたりするの、知ってっか?」


ルキアの身長に合わせて上半身を屈ませると、恋次はにやりと笑ってそう言った。
「本当なのか!?」
その言葉に、心底驚いた顔をするルキア。
「ああ。 ……要は、んな格好が重要なんかじゃねーんだよ」
鼻の先がくっ付かんばかりに顔を近付けて来たルキアに、恋次はどこか慌てた様子で身を起こすと。
「要は……気持ちの持ち様、だな」
心持ち、顔を背けながらそう応えた。



「『気持ちの持ち様』?」



「そうだ。 ……誰か≠護りてーっていう気持ちがあれば、誰だってそいつの王子様≠ニやらになれんだよ」
「……誰かを、護りたいという気持ち……」
「まぁ、それに実力も伴わねぇと、話にはなんねーんだけどよ。
 それでも……その思い入れが、俺は重要だと思うな」
「……恋次……」
どこか遠くの方を見て呟く恋次に、ルキアはそっとその裾を掴んだ。
「ま、お前が何か困った時に見舞われでもしたら、俺が必ず助けてやるから、安心しろよな!」
本音を隠しながら、恋次はそう言うと、またもやくしゃりとルキアの髪を掻き回した。
「わっ! こら!恋次……っ!!」
わしゃわしゃと髪を弄られ、ルキアが怒りの声を上げるが、それはかえって逆効果となり、更に面白がる恋次。
ムキになって怒るルキアを見やりながら恋次は内心、誰ともなくに、『必ず、救い出してやる』と、呟いていた。





それは、そう遠くない日の為か。
または、もっとずっと先の日の為か。
何の為にかは、今はまだ解らない。
だけど、全てはルキアの幸せの為だけに。





「……ルキア。 俺は、お前が望むなら、王子様≠ノだって、何にだって、なってやるよ……」
「む? 恋次?今、何か言ったか?」
かなりな身長差の為、上の方で恋次が何かを呟くと、小さい声ではルキアには聞こえない。それは、逆もまた然り。
「いーや。 なんもねーよ」
恋次はそう応えると、一つ大きな伸びをして見せた。
そして。
「んな事よりも、そろそろ帰るぞ」
「ああ、そうだな」
二人で揃って歩き出した。





別れ道の来る、その時まで。













先を行く、細く伸びた二つの影を、ぼんやりとルキアは見つめながら、独り、トイレの中で考えていた事を反芻していた。
傍らにいる、幼馴染を感じながら。





――例え、服装が似合わなくとも、私は兄様よりも、恋次の方がいいな……





触れる恋次の衣の裾を掴みながら、ルキアは今度は恋次に黒い装束を着せてみた。
真っ白な衣装を着た王子様≠ナはない、それは常日頃、彼ら彼女達が着ている、真黒な死覇装。
うん。これなら似合う。
そもそも自分達にとって、白は遠過ぎる色なのだ。
別に、黒い死覇装を着た王子様≠ェいたっていいじゃないか。
やっぱり、恋次には黒が一番よく似合う。
ルキアは内心呟くと、くすりと笑った。






+戯言+
某所でのコメントより、浮んだお話。
だけど、これだって、ギャグオンリーに進めるつもりが、またもや最後はシリアス締めに。
な〜ぜだ〜!!
次こそはギャグオンリーなラブラブ話を書いてやる〜!!(笑)
ていうか、そもそもどんな噂が広まったんでしょう?(笑)
王子様の服装とかの説明だけではないはず。
ルキアは大事な部分は聞いてなくて、ただ単に、王子様の服装やイメージのみを中途半端に聞きかじった模様。
だから恋次があんな目に。(苦笑)
さて、皆さまは、どんな恋次を想像しましたか?
あと兄ちゃんも。(笑)

で。実はこれには続きの話があったりしまして。
それこそギャグ話。
家へ帰ったルキアに、同じく噂を聞きつけてた白哉兄ちゃんが、それとなくルキアの王子様は誰か訊いて……というなのが。
これはまた、気が向いたら後程アップか、或いは絵日記の方でSSとして書くかも?


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