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「……例え、他人からはそうは見えずとも……兄様は……本当は、とても……心のお優しいお人なのだよ……」 一言一言、それはさながら自分自身へと言い聞かせるかのようにして、ルキアはそう俺に応えた。 「家の者も、それなりに私の事を、朽木家の一員として扱っていてくれているのも、また事実であるし……そう、それに、兄様だって……」 そして、もう一度、繰り返される朽木白哉への言葉。 「…………」 俺はそれを、じっと無言で聴いていた。 ルキアは……こいつは、恐らくは自覚していないんだろうな。 繰言のようにして先程から、幾度と無く呟かれるのはそのどれもが、朽木白哉へ対する弁明じみた己の解釈ばかりだって事が……。 ルキア……それは、お前の願望なのか? 『本当は、心のお優しい人なのだ』 『常の態度は、私の為を思ってのものなのだ』 何で、ルキア……お前はそんなにも、必死なんだよ? 朽木白哉は、お前の兄なんだろう?お前を朽木家の養女にと、『家族』の一員にと、誘い掛けた張本人なんだろう!?なら、何で……如何して……!? 「ルキア……」 ギリッと、奥歯を噛み締め、拳を握り締めて、俺はルキアの名を呼んだ。 「なら、お前は……お前の『家族』の事は、好き、なんだな……?お前の『兄様』の事も……?」 そして、搾り出すようにして問い掛けた。 「……当たり前ではないか、恋次……。折角、念願叶って出来た、『家族』なのだ。 ――喜びはすれども、嫌いになる訳などなかろう!」 そんな俺の態度に、ルキアが気付かないはずなどないだろうが、わざと気付かぬ振りでもしているのか、常と変わらぬ明るい声音でそう応えて見せた。 ・ ・ ・ 「何か誤解があるようだが、兄様はそれはもう、本当に、お前などがどう頑張っても叶わぬ程に、素晴らしいお人なのだよ。そんな方の義理とは言え、義妹になれたのだ。とても、誇らしい事ではないか!」 先程とは打って変って、ニッコリと笑うとルキアは俺を見た。 「……私も、早く兄様が恥じる事の無いような死神になれるように、もっと努めなくては……」 「ルキア……!」 だがしかし、そう言いながらもどこか遠くを。ここでは無い、『何処か』を見つめてそう呟いたルキアに、俺は咄嗟にその小さな肩を掴んでいた。 「……?どうしたのだ、恋次?」 不意に肩を掴まれ、訝しげな顔をするルキア。 「……い、いや……何でもねぇ」 「そうか……?」 「……ま。お前が上手くやって行けてるんだったら、それで良いんだよ。ただ、お貴族様の家だからな、ちょっと心配してみただけさ。お前はあんな家で住むには、ちょっと……いや?大分、がさつだしよ!」 己の抱いている想いを気取られないようにして、俺は普段通りの『俺』を演じて見せた。 「何を言うか!」 それに、同じくルキアが普段通りに応じて来る。 それは、常と何一つ変わらない、言葉の応酬。 だけど、ルキア……。 「む……? あ!海燕殿……!」 すると、後ろでルキアの名が呼ばれ、振り向けば、件の十三番隊副隊長殿が帰りの遅いルキアを連れ戻しにでも来たのか、向こうで手招きをしている姿が見えた。 「すまん、恋次」 その姿を見たルキアが、パッと嬉しそうな顔をして見せた。そして、俺の方へは申し訳なさそうな顔をして断りを入れてきた。 だが。 「では……またな!」 その言葉に、ふと、寂しそうな表情が覗いたと思ったのは、俺のとんでもない思い上がりなのだろうか? 「ああ、またな」 ヒラヒラと手を振りながらそう言うと、俺はその『海燕殿』へ一礼をし、ルキアの姿が見えなくなるまでじっと、その後姿を見つめていた。 ・ ・ ・ 臆病な俺は、ついに最後まで訊く事が出来なかった。 ルキアの本心を。ルキアの現状を。ルキアの想いを……。 あいつが俺の事を慮ってくれていた事は明白な事実であって、だからこそ、それは一層、俺を惨めにさせた。 繋いだ手を離したのは俺から。 全てはルキアの為にと、良かれと思って離したその手の代償は、余りにも重くて大きくて。 俺は、己の不甲斐無さにどうしようもない怒りを覚えずにはいられなかった。 だが……。 悪いな、ルキア。 お前は俺が、どう俺が頑張ってもお前の兄様には追い着けないと言ったけど、俺はいつか絶対、朽木白哉に追い着いて、そして、あいつを追い越してやる。 誰もが笑い飛ばし、無駄な努力だとバカにする目標だけど、俺にとってそれは、如何足掻いてでも叶えなくてはならねぇ目標なんだ。 そして、いつか……いつか絶対、お前をそこから解放してやる。 だから、その時まで待っていてくれ、ルキア。 この日、この時、紡いだ互いの『嘘』の代償を、俺は絶対払って見せる。 ・ ・ ・ 俺は、グッと両の拳に力を入れると一度、空を仰ぎ見た。 どこまでも青く晴れ渡る空は、悩み事など無いかの如くに爽快で、俺はその、眼に染み入るような空色に、両の眼(まなこ)をぎゅっと瞑った。 空は、どこまでも蒼い。 「ルキア……」 ポツリと無意識の内に零れ出たその名を虚空で掴むと、俺もまた、己の隊舎へと帰る為に一歩を踏み出した。 |