「コン……。 『家族』とは、如何言ったものであるのだろうな……」
「……姐さん……?」
どこか、遠くを眺めながら、姐さんがそうポツリと零した。
それは、酷く酷く寂しげで、切なげな表情をして。






優しい嘘






「……俺に言われても、俺には解る事なんて出来ないですが、でも……あいつを見ている限りじゃ良いモン、なんじゃないっすか?」
俺には、姐さんが何を思って、そう訊いて来たのか解らなかったけど、でも、俺にはそう応えるしか出来なかった。だって俺は、一護のような人間でもなければ姐さんのような死神でも無い。実に中途半端な生き物
(モノ)。本来ならば、破棄されてしまう存在(モノ)でしか無かった俺は、姐さんの厚意で生かされたのだから。


「そうであった。……くだらぬ事を訊いてしまって済まぬな」
「そんな!滅相も無い!姐さんの為だったら、例え火の中水の中!何処へだって駆け付けますぜっ!!」
「ははは。コン。お前は相変わらずだな」
いえ、姐さん、俺は本気です。いつだって、本当は本気なんですよ。
ただ……貴女が余りにも儚げに微笑むから。その姿がとても痛々しいから。だから、その時の俺は、いつも以上におどける事しか出来なかったんだ。













「なぁ、ルキア。お前のソレ。ソレってこっちで言う所の、携帯電話みたいなもんなんだろ?」
「む?携帯……?」
「これだよ、これ。連絡取り合ったり、普通に相手と無駄話とかしたりするやつ」
「ああ、なんだ。うむ。大して変わらぬが……それが如何したのか?」
「いや、俺さ、ずっと不思議に思ってたんだけどよ。お前にだって、親とか友達とかいるんだろ?なら、ずっとこっちにお前がいてて、心配とかしねぇのかなって」
「……」



瞬間、俺には姐さんがぎくりと固まったのが解った。悪意の無い質問程、悪質なものは無い。



「お前の携帯が鳴ってるのって、俺、指令が下ってるとこしか見た事無かったな〜と思ってよ」
「……」



ぐさり、ぐさりと不躾な質問が姐さんを突き刺して行く。



「お前さ、俺にいつも何やかやと偉そうな事言ってるけど、実は友達いねぇとかじゃないよな〜?」



いつものお返しとばかりに、一護が姐さんに言葉の刃を降らせる。もう、止めろよ!それくらいにしとけよ!俺はそう叫んで、一護の大馬鹿ヤローを蹴り飛ばしたかったけど。だけど姐さんが黙っているので俺も黙っていざるを得なかった。だって、余計な事を言って、更に姐さんを傷つけたりでもしてしまったらダメだから。



「ふんっ!何を言うか!私にだってな、家族くらい居るわ!
 ただ……ああ、そうさ。私はお前とは違って信頼されているからな。だから……だから!少しくらい音沙汰が無かろうと、大丈夫なのさ!」
矛盾が含まれた嘘を、姐さんが胸を張って一護に説き伏せる。普通は、信頼がされているなら尚更、まず始めに連絡を入れて、そして大丈夫だからと伝えるんじゃないんですか?それが家族なら特に。
「へ〜え。それはそれは!」
だけど、それに一護は気付かないのか、へえへえと憎たらしく相槌を入れている。
「そうさ……兄様は……一護とは雲泥の差!それはもう、実に素晴らしい兄様であるのだからな〜」
今度は姐さんが意地悪げに一護へと言い返す。
「お前はダメダメな兄で、いつも妹達へ迷惑を掛けてばかりだがな!
 それに比べて、私の兄様なんて……」



もう、いいですから、姐さん。姐さんが一言一言、自分の家族の自慢話をする度に、姐さんの心が血を流しているのが、俺には見えていますから。
「ほ〜。そいつはどうも。それはさぞかし!素晴らしい兄貴なんだろうな!」
そう言うと、一護が、『誰がダメダメな兄貴だ!』と言いながら、姐さんの髪をわしわしと弄くり回した。
「う、うわっ!?こ、こらっ!一護!!何をするっ!!!」
すると、姐さんが慌てた声を上げながら、如何にかして逃げようとするが、一護のヤローがそれを許すはずもなく。好きなだけ姐さんを弄くり回す。そうする事によって、今だけの幸福感を味わおうとするかのように。



でも。



おい、ストロベリー。お前は知ってるか?髪をかきまぜられた瞬間、姐さんがくしゃっと表情を崩した事を。
多分、お前には顔が見えないだろうからと。そう思って瞬間、気が緩んだんだと思うけど。お前は本当に、鈍感だよな。それに、そんな事でしか独占欲が埋められないだなんて、お前もまだまだ子供だな。
俺なんかに、子供だなんて言われたくなかったら、早く気づけよ馬鹿ヤロー。













「……一護……」
「あ?何だよ?」
「お前は以前、『兄貴が先に生まれてくるのは、後から生まれてくる妹や弟を守る為だ』と、こう言った事があるな?」
「ん?んーと……ああ、そんな事を言った事もあったな」
「……それは……本当、なのか……?
 ……『兄』という存在は、『妹』を守る存在として、必ず……在るものなのか……?」
「ああ、そうさ。でないと、先に生まれて来る意味がねぇだろ!
 少なくとも、俺はそう考えてるし、それに、お前の所だって、そうなんじゃねぇのかよ?」
「む?あ、ああ…………そう、だな……」
「ルキア……?」
「そ……!そんな事よりも!姐さん、良いんですか?この後、あの帽子の所へ行かないといけないって、言ってませんでした?」
「何だよ、コン」
「お前は黙ってろ!俺は今、姐さんと話してんだ!」
「何だと、このヤロー!」


余りにも、姐さんが見てられなくて、咄嗟に出してしまった助け舟。でも、姐さんにはちゃんと伝わってたみたいで、
「む……。そう言えば、そうであったな。
 ……礼を言うぞ、コン」
と、二重の意味を含めて、そう言ってもらえた。



「では、そう言う事で。私は暫く浦原の所へと行って来る。また色々と補充をしておかねばならぬのでな」
「ん?ああ、解った」
そう言うと、姐さんはヒラリと窓枠に手を掛け、何時ものように外へと降りようとした。だけど、何かを思い出したのか、姐さんはもう一度くるりとこちらを振り向いた。そして。
「だがな、一護」
「何だよ?」



「私には、掛け替えの無い、とても大切な……」



そこで姐さんは、何か上手い言葉を探す為にか、一旦言葉を区切った。そして、



「自慢の大莫迦者が居る。 それは……真実だ」



恐らくは、その、『大莫迦者』と言う言葉には、色んな意味と想いが篭められているんだろうなと、そう思わせるには十分な表情でそう宣言すると、今度こそ、姐さんはヒラリと宙へと舞った。
「……」
後には、仏頂面をした一護と、そんな一護を見てざまぁ見ろと心密かに呟く俺が残されたのであった。













良かったですね。姐さん。
ちゃんと、心からそう想える人がいて。姐さんは、独りなんかじゃないんですね。
あっちへ還っても、姐さんの居場所はちゃんとあるんですね?
姐さんはとても心が優くて、物凄く不器用な方だから、俺はとっても心配なんです。
こんな時、とてつもなく一護のヤローが羨ましくなります。俺に身体があったなら。姐さんを優しく抱き締めて、慰めてあげられるのにと……。













だけど、それは俺の大きな思い違いであったと言う事に気付くには、このときの俺にはまだまだ姐さんに関する情報が少なかったのは言うまでも無かった。






+ブラウザを閉じて戻る+